2009年3月24日火曜日

超古代文明 奇跡の真相:佐和宇


● 1997/05



まえがき

 1996年11月3日、考古学的大発見のニュースが世界を駆け巡った。
 2000年の時超えて、アレクサンドラ宮が発見されたのだ。
 クレオパトラが離宮として使っていたことでも知られているこの遺跡が見つかったのは、エジプト北部の港湾都市アレクサンドリアである。
 その名が示す通り、そもそものこの地を発展させたのはアレクサンダー大王だった。
 アレクサンダー大王軍からはじまった町の歴史は、その後プトレマイオス王朝に受け継がれた。
 クレオパトラやシーザー、アントニウス、そしてオクタビアヌスといった人物を巻き込みながら華麗な歴史絵巻を展開してきたのは、今回発見された王宮遺跡だったのである。
 エジプトにおける歴史発見はこれだけにとどまらない。
 つい最近の話である。
 スフィンクスに隠し通路が設えられており、これが本体のかなり奥の方までえ続いているという説が学会をにぎわした。
 
 エジプト文明は、謎に満ちた文明である。
 その発祥さえはっきりとしていない。
 端的な言葉で形容すると、何もなかった砂漠に突如として現れた高度文明、というふうになるだろうか。
 しかし、まったく無の状態から興とに発達した文明が生まれるとは考えがたい。
 エジブト文明にも、その雛形があったに違いないのだ。
 エジプト文明の基礎となったのは、紀元前三世紀にメソポタミアに都市国家を築いたシュメール文明だったといわれている。
 確かにこれら2つの文明には多くの共通点がある。
 まず言えるのは、両文明が突如として地上に現れたという事実だ。
 古代地球には、「発展の形跡のまったない高度文明」が2つも存在していたことになる。

 さらに驚くべきは、世界最古の文明と言われているシュメールですでに文字が完成していたという事実である。
 文字は、きわめて精度の高い数学的要素も持ち合わせていた。
 突如として現れた文明が、系統だった文字を有しているはずがない。
 こう考えると、シュメールは「神授の文明」だったということができるのである。
 古代の「地球に降り立った神」とは何者だったのだろうか。
 
 本書は、エジプト文明を基軸としながらシュメール文明、さらに古い未知の文明へと溯り、現代に見られる「太古の神」のおこす現象にも触れていく。




















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