2009年2月7日土曜日

よつ葉のエッセイ:幸せすぎて&あとがき:俵万智


● 1998/06



☆ 幸せすぎて
 生まれて初めての本。
 見本を手にしたときは感動のあまりボロボロ泣いてしまって、担当の長田氏を困らせた。
 表紙がついていて、目次があって、奥付には「著者----俵万智」なんて書いてある。
 「定価はカバー・表紙に表示してあります。落丁本、乱丁本はお取替えいたします」----
 うわあ、普通の本? みたい。
 妙な話だが、この部分を見て、私は私の作品がまぎれもなく「本」になったんだということを実感した。
 
 歌集が、一般文芸書などと同じように、本屋さんの店頭に並んでいたらどんなにいいだろう----長い間ずうっとそう思っていた。
 その夢が、幸運なことに自分の歌集で実現した。
 ほんとうに幸せなことだと思う。
 書店で平積みになっている「サラダ記念日」を見るとドキドキしてしまって、そこだけがぼあっと白い光を放っているような感じだ。
 誰かがひょっと手にとったりすると、もう心臓が口から飛び出しそうになる。

 80万部(1987/07)という数字はあまりに大きくて、自分自身にはピンとこないというのが正確なところである。
 「たくさん」という点では、初版の8千部ですでに仰天ものの数字なのだ。
 それが「たくさんたくさん」になり「たくさんたくさんたくさん」になり、今はもうほんとうに数え切れないほどの「たくさん」になっている----。
 私の実感は、そんなぼんやりとした把握でしかない。

 幸せすぎてこわいというのが、私の実感だ。


☆ あとがき
 第一歌集「サラダ記念日」を出してから、
 <なんてことない24歳 >
だった私の日常は、急ににぎやかになった。

 けれどそれは<変わった>ということではなかったと思う。
 なんにも変わってなんかいない。
 広がった----それが私のささやかな実感だ。

 大きく大きく広がった輪の真ん中で、あいかわらず
 <なんてことない25歳>
をやっている。




【忘れぬように、書きとめて:: 2009目次】


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