2009年6月26日金曜日

姥捨てバス:原宏一


● 2008/04[1998/10]


「姥捨て」を体験するツアー

「旅行業ってやつは、ただ旅に連れ出して案内してまわるだけの商売じゃねえんだよ。
カッコよく言っちまえば、退屈な日常にうんざりしているお客に、非日常を演出してやる商売なんだ」

 山道に転がっているただの岩だって、実は二百年前に松尾芭蕉が腰を下ろして一句詠んだ岩だと言われれば、ヘエ、と思う。
 説明されなければ、ただの岩でしかないのに、そう説明されただけで、遠き日の歴史ロマンに思いを馳せて、しみじみ豊かな気持ちになれる。
 そうした気持ちをいかに持続させてやれるか。
 二泊三日なら二泊三日、五泊六日なら五泊六日の旅の期間中、「非日常な気持」が途切れることなく持続するように、コースの設定から食事から宿の案内ガイドに至るまで、いかに緻密に創り込んで演出してやるか。
 それこそが旅行業に携わる人間に課せられた、本当の意味でのしまいといえる。

「早い話が、お客は酔いしれれてえんだよ。
 ロマンだの感傷だの驚異だの不可思議だのに、感動したり感心したり仰天したり面白がったりできる「情緒豊かな自分自身に酔い」しれたくてしょうがねんだよ。
 そんなお客の夢を心ゆくまで満たしてやるためにだったら、ウソも方便だと思うんだ。
 このツアーに参加すれば予想以上の非日常に酔いしれることができるかもしれない。
 お客がそう思い込むことができて、結果的に満足してくれるんだったら、多少のウソや脚色があったところでどうだというんだ。
 
 現代の「姥捨て」を体験するツアー。

 そんな素っ頓狂な企画、プロの企画屋にはとても考えつけねえよ。
 けど、今のお客は、そこまでシャレっけのあるお客に成長してるんだよ。
 だったら、おれたちプロも、そのシャレッ気のあるお客にどこまで応えてやれるか、ここひとつ挑戦してみたっていいじゃねえか。
 ウソだのインチキだの固えこと言わねえで、虚実とりまぜて面白がる体験の手伝いをしてやったっていいじゃねえか」





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