2009年6月5日金曜日
自分探しが止まらない:速水健郎
● 2008/02
『
大学を卒業して半数近くはフリーターにしかなれず、正社員になるのも一苦労。
しかも、なれたらなれたでサービス残業を強要され3年を待たずに辞めていく者も多いという現代において、この現状認識は「甘すぎはしないか」と突っ込みを入れたいところであるが、そこは目をつぶろう。
「シアワセに流され」ることを恐れ、「逃げ」ることを選択した著者(『流学日記』岩本悠著)は、手始めに台湾の地震被災地の支援活動に参加する。その中で著者が求めたものは、日本において大学生活では体験できない「リアルな体験」だったという。
しかし、一方ではボランテイアを行いながらも、それが「自分のため」でしかないことに葛藤も覚えたのだとだという。
岩本はそのことを活動の仲間に打ち明ける。
するとその仲間はこう言った。
「人のためになる活動を、自分のためにやれtるんだからすばらしい。」
岩本は”偽善であっても、人のためになるのであればいい”と勇気づけられる。
それを契機に岩本はボランテイア活動に邁進し、各地を転々とすることになる¥。
自分の行動に迷いが生じ、それを誰かに勇気づけられ、また前進する。
以後、旅先ではこれと同じことが繰り返されるのだ。
この岩本の「流学日記」は、ひとつのパターンの繰り返しで書かれている。
それは次のようなものだ。
「悩み・葛藤が起きる→勇気づけられる言葉をもらう→ポジテイブに自分が変わる」
岩本はアジア各国でボランテイアをしながら旅するのだが、その内容はほとんどこの繰り返しなのだ。
「流学日記」は旅行記のような体裁をとっているが、実はそうではない。
通常、こういうパターンを持った本は「自己啓発書」というジャンルに区分けされている。
一概に自己啓発書と言っても多くのバリエーションがある。
寓話を使ってお金持ちになるための考え方を示した『金持ち父さん貧乏父さん』や『チーズはどこへ消えた?』は、財テクや経済、ビジネス書の棚に並んでいることが多い。
2007年春に話題になった『鏡の法則』は教育の棚などに置かれ、女性中心に受けた。
また『風の谷のあの人と結婚する方法』『神はテーブルクロス』なども、本の中で主張される中身はほとんど変わらない。
「すべてオッケー! レッツ・ポジテイブ・シンキング!」
といった類の自己啓発書だ。
これらの自己啓発書には共通のルーツがある。
それはナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』『巨富を築く13の条件』といった一連の著作やデール・カーネギーの『人を動かす』などのいわゆる成功哲学本である。
これらは半世紀以上も前に書かれたものであるのにもかかわらず、「成功哲学の始祖」として売れ続けており、ネット書店のアマゾンのトップセラーリストを眺めていると、常に上位にランキングされている。
これらの成功哲学本の基本的な考え方はこういうものだ。
「もし、あなたが敗れると考えるなら、あなたは敗れる」
1990年代の前半に『マーフィーの法則』という本が2百万部を超える大ベストセラーになったことがある。
実は成功哲学とマーフィーの法則はまったく同じ思想から派生したものだ。
それは「ニューソート」と呼ばれる19世紀に生まれた運動で、クインビーという心理療法のカウンセラーが「悪い信念が病気を生む」といったことを説教する治療を始めたものが元になっている。
「ニューソート」は、もともとキリスト教が母体になっているものの、霊的な存在や宇宙意思の存在などを認める傾向が強く、従来の伝統的教会からは異端視されている。
このニューソート運動が「ポジテイブ・シンキング」という言葉を通して普及し、書籍の形で広められたのがナポレオン・ヒルやカーネギーの「成功哲学本」なのだ。
『流学日記』が一見、学生の書いた気軽な旅行記に」しか見えないように、ライトに模様替えした自己啓発本はたくさんある。
1995年に刊行された『脳内革命』は4百万部を超える大ベストセラーとなったが、これも自己啓発本だ。
著者である春山茂雄は医師の資格を持つ現役の医者であるため、本書は医学的な根拠のある本として広く読まれたのではないだろうか。
しかし、話題が広まるとともに本書には医学的な根拠が薄いことは指摘されるようになった。
この本の”積極的思考”が治癒力を高めるという主張は、ニューソートの思想の影響を受けている。
これだけ自己啓発書が流行して、みんなが前向きになって生きているのであれば、さぞや明るく前向きな社会になっていることだろう、と思うがもちろんそんなことはない。
むしろ、自己啓発書が生み出すのは一時的は高揚感、もしくは癒しのみである。
またそれが消えてしまうと、高揚感や癒しを与えてくれる似たような本や体験を求めて、延々と
「自分探し」
を繰り返すようになるだけなのだ。
』
【忘れぬように、書きとめて:: 2009目次】
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