2009年7月23日木曜日

いま脳死をどう考えるか:脳死を考える:渡辺淳一


● 1991/09



 患者さんを抱えた家族は、日夜お腹が見るも無残な形に膨れあがり激しい吐き気や出血に狂しめられ、毎日点滴を受けながら近づく死におびえている子をみつめながら看護をしているのが実情である。
 そういう親子の唯一の望みは肝臓移植を受けることだが、日本では脳死が認められていないため、外国へ行って脳死肝移植を受けるのがベストの方とされているが、この治療を全員がうけられるわけではない。
 2千万円とも3千万円ともいわれる膨大な費用がかかるため、恵まれた家庭に生まれた子どもと、お金はないが周囲の理解に恵まれて募金という形で可能になった子どもにかぎられ、現にこの2つのグループは外国へ行って手術を受けている。

 ここに興味深い数字がある。
 胆道閉鎖症の子ども、つまり肝臓移植を必要とする子どもをもつ親たちへ「胆道閉鎖症の子供を守る会」が行ったアンケート調査の結果で、「わが子に生体肝移植が必要になったとき、決断できるか?」という質問に対して、約4割の親が「わからない」と答えている。
 「イイエ」という答えが3%あってこれは明快だが、「わからない」という答えはかなり微妙で、現に重態の子をもっている親がわからないわけはなく、むしろ「イエスとはいいかねる」、すなわち、自分の肝臓を子供にやりたくないという気持ちが、そのウラに潜んでいるとみていいだろう。

 これは重要な事実で、親が犠牲になって子どもを救う荷が、親のあるべき姿だという考えが日本人には浸透しているに見えるが、本音はそれほどすっきりしたものではない。
 これは考えてみると不思議でも不自然でもない。
 いやむしろそういう思いに悩むのが自然だと考えるべきだろう。
 たとえ医師に、肝臓を提供しても一部だからすぐにもとの大きさに戻るし、切られた面の止血も完全だといわれても、将来影響が出ないという絶対の保障はない。
 健康なお腹を開いて一番重要な臓器といわれている肝臓の一部を切り摘るのは、たとえそれが愛するわが子を救うためであっても、怖くて不安だと思うのは当然である。
 子は'可愛いが、自分の体はもっと可愛い。
 だが、日本人を支配している常識的な倫理からいっては答えにくいところから、「わからない」 と答えてしまった。
 こう考えるのは、あながち穿ちすぎとはいえないだろう。

 日本では親子関係が密着しすぎて、親離れ子離れができない独特の精神風土がある。
 これにたよって「生体肝移植」を続けていくと、子どもに臓器を提供しない親が変な目で見られ、社会からの圧迫を加えられることになりかねない。
 さらに親のない子は永遠に助からないことになるし、お金も援助も期待できない子どもも同様な悲劇にあう。
 さらに問題なのは、もの心ついた重症の子どもが、何故、お父さんやお母さんは僕に「肝臓をくれない」のだろうという目で親をみるようになりかねない。
 そして怖いことは、こういう手術を続けて、しかもそれを美談風に仕立てていくと、患者のあいだにはっきりした治療格差が生まれ、それでさらに苦しむ人が増えていくことである。




 先日(10日ほど前に)、法律が改正され15歳未満からの臓器移植が認められ、まずこの本にあるようは障碍の法的部分はスルーになった。


 毎日新聞:2009年7月13日 13時13分 更新:7月13日 14時42分

 臓器移植法改正案は13日午後、参院本会議で採決され、3法案のうち、脳死を一般的な人の死とする「A案」(衆院通過)が賛成138、反対82の 賛成多数で可決、成立した。15歳未満の子どもの臓器提供を禁じた現行法の年齢制限を撤廃し、国内での子どもの移植に道を開くとともに、脳死を初めて法律 で「人の死」と位置づけた。ただ、死の定義変更には強い慎重論が残る。このため、A案提出者は審議の中で「『脳死は人の死』は、移植医療時に限定される」 と答弁し、配慮を示した。

 現行法では15歳以上でないと臓器提供ができず、小児が自分のサイズにあう臓器の移植を受けるには渡航するしかない。だが、世界保健機関 (WHO)は海外での移植の自粛を求める方向で、将来渡航移植の道が狭められるのは確実だ。97年の法施行以降、国内の脳死移植は81件にとどまってお り、A案は年齢制限の撤廃とともに脳死を人の死とすることで、臓器提供の機会拡大を目指す。

 臓器移植法の改正をめぐっては、6月18日、衆院でA案が投票総数の6割の賛成で可決され、参院に送付された。しかしA案に対し、参院側は「移植 の拡大は必要だが、死の定義変更には社会的合意がない」と考える議員も多い。このため、与野党の有志はA案を踏襲しつつ、死の定義は現行通りとする修正A 案を提出した。

 一方、A案支持の中核議員は「脳死の位置づけを変えたらA案の意味がない」と修正を拒否。修正A案を「中途半端」と判断した議員が多数をしめた。 ただ、「一般医療で脳死後の治療中止が広がりかねない」といった慎重論には配慮せざるを得ず、提出者は新しい死の定義について「臓器移植法の範囲を超えて 適用されない」と答弁した。

 A案への懸念は、本人の意思が不明でも家族の同意だけで臓器摘出ができる点にもある。臓器摘出後に本人が拒否していたと分かることも否定できない。成人より難しいとされる、子どもの脳死判定も課題となる。

 採決は修正A案、A案に続き、現行法の枠組みを残しながら子どもの臓器移植のあり方を1年かけて検討する「子ども脳死臨調設置法案」の順で行う予 定だったが、修正A案が賛成72、反対135で否決後、A案が可決されたため、臨調設置法案は採決されなかった。臨調法案に賛成の共産党以外の各党は党議 拘束をかけず、各議員が自らの死生観に基づいて投票した。【鈴木直】

 ◇成立した法律骨子◇

(1)死亡者の意思が不明で遺族が書面で承諾していれば、医師は死体(脳死した者の身体を含む)から臓器を摘出できる

(2)本人の意思が不明でも、家族が書面で承諾していれば医師は脳死判定できる

(3)親族に臓器を優先提供する意思を書面で表示できる

(4)政府は虐待児から臓器が提供されないようにする






【忘れぬように、書きとめて:: 2009目次】



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