2009年12月7日月曜日

:淋しいのではなく、悲しいのでもない


● 2006/04[2005/06]



 「親子」の関係とは簡単なものだ。
 はなればなれに暮らしていても、ほとんど会ったことすらないのだとしても、親と子が「親子」であることに変わりはない。
 ところが、「家族」となると、その関係は「親子」はど手軽なものではない。
 親子関係は未来永劫に約束されるが、「家族」とは生活という息苦しい土壌の上で、時間をかけ、努力を重ね、時に自らを滅しても培うものである。
 しかし、その賜物も、たった一度、数秒のいさかいで、いとも簡単に崩壊してしまうことがある。
 「親子」は足し算だが、「家族」は足すだけでなく引き算もある。

 「親子」よりも、さらに、簡単になれてしまうのが「夫婦」と言う関係。
 ふざけた男と女が、成り行きで親になり、しかたなく「家族」という難しい関係に取り組まなくてはいけなくなる。
 ことなかれにやり過ごし、ホコリは外に掃きださずとも、部屋の隅に寄せてさえおけば、流れてゆく時間がハリボテの「家庭」くらいは作ってくれる。
 しかし、ひびの入った茶の間の壁に、たとえ見慣れて、それを笑いの種に変えられたとしても、そこから確実にすきま風は吹いてくる。
 笑っていても、風には吹かれる。
 立ち上がって、そのひび割れを埋める作業をしなくてはならない。
 そのひび割れを、恥ずかしいと感じなければいけない。

 恐ろしく面倒で、重苦しい「自覚」というもの。
 その自覚の欠落した夫婦が築く、家庭という砂上の楼閣は、シケ(時化)ればひと波でさらわれ、砂浜のに家族の残骸を捨ててゆく。

 砂にめり込んだ貝殻のように、子どもたちはその場所から、波の行方を見ている。
 淋しいのではなく、悲しいのでもない。
 それはとてつもなく冷たい眼である。
 言葉にする能力を持たないだけで、子どもはその状況や空気を正確に読み取る感覚にたけている。
 そして、自分がこれから、どう振舞うべきかという演技力も持っている。
 それは、弱い生き物が身を守るために備えている本能だ。

 「夫婦にしかわからないこと」、よく聞く言葉だ。
 しかし、「夫婦だけがわかってない、自分たちのふたりのこと」を、子どもや他人は涼しい眼で、よく見えているということ、もありうるのだ。





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東京タワー:リリー・フランキー


● 2006/04[2005/06]



トンネルを抜けるとそこはゴミタメだった

 春になると東京には、掃除機の回転するモーターが次々と吸い込んでいくチリのように、日本の隅々から、若い奴らが吸い集められてくる。
 暗闇の細いホースは、夢と未来へ続くトンネル。
 転がりながらも胸躍らせて、不安は期待がおさえこむ。
 根拠のない可能性に心ひかれる。
 そこへ行けば、何か新しい自分意なれる気がして。
 しかし、トンネルを抜けると、そこはゴミ溜めだった

 埃がまって、息もできない。
 薄暗く狭い場所。
 ぶつかりあってはかき回される。
 ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。
 愚鈍にみえる隣の塵も、無能に思える後ろの屑も、輝かしいはずの自分も、ただ同じ、塵、屑、埃。
 同じ方向に回され続けるだけ。
 ぐるぐるぐるぐる、同じゴミだ。
 ほらまた、やってくる。
 一秒前、一年前の自分と同じ。
 瞳を輝かせた
塵、屑、埃。
 トンネルの出口からこの場所へ。
 ここは掃除機の腹の中。
 東京というゴミタメ。
 集めて、絞って、固められ、あとはまとめてポイと捨てられる。

 こんな時代の若い奴らに、自分自身の心の奥から、熱くたぎり出る目的なんかありはしない。
 「夢」という言葉に置き換えて、口にする奴がいたにしても、その「夢」の作り方は、その辺のテレビや雑誌のページをとりあえず、自分のくだらなさに貼り付けただけのもの。
 日本の片隅からのこのこやって来た者などに、目的と呼べるものがあるとすれば、それはただ、東京に行くということだけ。
 それ以外に、本当は何もない。
 東京へ行けば、何かが変わるのだと。
 自分の未来が勝手に広がっていくのだと。
 そうやって、逃げ込んで来ただけだ。


 「貧しさ」は比較があって、目立つもの。
 この街で生活保護を受けている家庭、そうでない家庭、社会的状況は違っても、客観的にどちらがゆとりのある暮らしをしているのかもわからない。
 金持ちが居なければ、貧乏も存在しない、
 東京の大金持ちのような際立った存在がいなければ、あとはドングリの背比べのようなもの。
 誰もが食うに困っているでもないなら、必要なものだけあれば貧しくは感じない。
 
 しかし、東京にいると、必要なものだけしか持っていない者は、貧しい者になる。
 「必要以上」のものを持って、初めて一般的な庶民であり、「必要過剰」な財を手に入れて、初めて
豊かなる者になる。
 "貧乏でも満足している人はお金持ち、
  それもひじょうな金持ちです。
  金持ちでも、いつ貧乏になるかとびくついている人は、「冬枯れ」のようなものです"
 「オセロー」の中のこんなセリフも、東京の舞台では平板な言葉にしか聞こえない。

 必要以上を持っている東京の住人は、自分のことを「貧しい」と決め込んでいる。
 あの町で暮らしていた人々は、金がない、仕事がないと悩んでいたが、自らを「貧しい」と感じていたようには思えない。
 「
貧しさたる気配」が、そこにはまるで漂っていなかったからである。

 搾取する側とされる側、そういう気味の悪い勝ち負けで明確に色分けされた場所で、個性や判断力を埋没させてしまっている自が姿に、貧しさが漂うのである。
 
必要以上になろうとして、必要以下に映ってしまう
 そこにある東京の多くの姿が貧しく悲しいのである。
 「貧しさ」とは美しいものではない。
 醜いものでもない。
 東京の「見どころのない貧しさ」とは、醜さではなく、「汚」である。





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2009年12月2日水曜日

ブラウン監獄の四季:井上ひさし


● 1977/03[1977/02]



巷談俗説によるNHK論

 ぼくは24歳の秋から38歳の春まで、主にNHKの仕事をして口を糊してきた。
 また昨夏から昨秋にかけては、「NHK基本問題調査委員会」の構成員のひとりでもあったため、この放送局についてはかなり関心を抱いている。

 ぼくの私的な調査によれば、テレビに番組を提供したり、コマーシャル・メッセージを流したりしている会社は、平均2%から4%のテレビ宣伝費を商品の値段に含めているようだ。
 さる高級化粧品会社の重役からこっそり耳打ちされたところでは、化粧品の場合は商品値段の1割近い額がテレビ宣伝の方へさかれているという。

 だが、もしここに次の如き別のタイプの人間がいたらどうなるか。
 彼は、米、麦、魚、肉、野菜などの基本的な生活資材のみで暮らしている。

 これらの、人間が生きていくにために欠かせないヒナモノは、ぜったいにCMの時間には登場しない。
 これはたいへん重要な事実である。
 つまり、テレビを宣伝媒体としている商品は、われわれの生活に必ずしも欠かせないモノではない。
 いやむしろ、なくてもすむような商品ばかりが、民放のテレビに番組を提供している。
 といってもいいだろう。

 朝、ヒゲを剃るときは彼はジレットは使わない。
 どこかで手にいれた小刀式のカミソリを用いている。
 剃ったあとに「ブラバス」など塗らない。
 真水で軽く顔を洗うだけである。
 食事もテレビで宣伝している類は一切しりぞける。
 そんな人間がいるものか、とおっしゃる読者もあるだろうが、実は大勢いるのだ。
 だいたい、かく言うぼくがこのタイプである。

 「国民のNHK」、これを日本放送協会は好んで口に出すが、これは
たわごとである。
 だいたい国民などというものは存在しない。
 顔も背も考え方もそれぞれにちがう1億1千万人の人間がいるだけである。
 大は天皇制についての考え方から、小は山口百恵がいいか桜田淳子がいいかとという考え方までそれぞれに違う。
 それを「国民」などとひとまとめにくくってしまう神経は雑である。
 せめて
 「政府と自民党と、それを支えけしかけ励ます財界官界のためのNHK」
 と言ってくれればまだ正直でよろしいが。
 いまの日本放送協会は、説明の要もあるまいが、少数派の、言ってみれば日本の支配階級の私有物である。
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 だらだらと巷談俗説をあげつらってきたけど、ぼくはテレビも見世物である以上は、
 「お代は見てのお帰り」
 という考え方に立って、あれこれの判断をくだすべきである、と考えている。
《視聴者のためのNHK》
《全国民放送》
 と言いたいのであれば、どうかそのような番組を見せてもらいたい。
 なるほどそうだ、と思えれば代金(受信料)はきちんと払おう。
 そして、
《NHKはたしかに、われわれのために番組を作っている。
 すくなくともその努力はしているようだ》
 と考えた者が、NHKと受信契約を結び、その人たちがこの局の出費を負担すればよろしい。

 このために、まず、テレビ受像機を改造しなくてはならぬ。
 A型は「NHKも民放も受信できるもの」
 B型は「民放しか受信できないもの」
 という具合に。
 そしてA型テレビの価格の中には、5年間のNHK受信料を加算してしまう。
 NHKはみたくないという人はB型にすればよろしい。
 突飛なようだが、NHKが生まれ変わるには、こういった方法しかないと思われる。
 この方法をとったら、A型テレビを買う人は少なく、NHKがたちゆかぬ、ということになれば、それはそれで仕方がない。
 そういう放送局なら、一時も早くなくなるのがいいのだ。
 ぼくはA型テレビを買う部類だろう。

 さる人が、「いったい、NHKの番組に、観るに値するものがあるかね」と聞いてきた。
 この局にも少しはいい番組もあるのだ。
 番組の好き嫌いは各人の好みによる。
 ある番組がなぜいいかは私の「偏見」が決めるのだ。
 アタリマエだが。
 まず、放送終了前の「天気予報」番組のフィルムと音楽がいい。
 あのフィルムを眺め、あの音楽を聴いていると、なんとなく「ああ、これで一日おわったわい」と思う。
 つぎに「新日本紀行」のテーマ音楽がよい。
 「おれも、やっぱり日本人だわなあ」という気分になる。
 いつだったか、夏の終わりの夜、山形のイナカの縁先でエダマメを噛みながらこのテーマを聞いたときは、心の底からしみじみとなり、思わず涙がこぼれたものだ。
 「日本史探訪」はおもしろい。
 
 選挙のときのNHKはじつにおもしろい。
 これは選挙そのものがおもしろいのあって、NHKがおもしろいわけではないが。









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2009年11月30日月曜日

:死んでからも楽しい老人力


● 1999/02[1998/09]



 老人力とはまず、ボケですね
 ボケて名前を忘れたり、約束を忘れたりする。
 忘れるけど、それで頭はかえって開かれるってこともあるんです。
 なんていうか、警戒心がなくなってくるんです。
 歳をとると頭のガードが緩んで、「もういいや」って感じになってくる。
 すると、むしろ吸収がよくなって、逆に活性化する。
 新しいものが入りやすくなる。
 忘れることの
しょうがなさ、と言うか、面白さと言うか。

 もう見栄も体裁もいいやって感じになる。
 若いころって、そういうものがいろいろ気になるものでしょう。
 老人力で踏み込む世界というのは、次から次、
死ぬまで未知の局面が現れてくるということでもあります。
 けっこう新鮮な思いができるんじゃないかって気がする。
 臨死体験じゃないけだ、ヘタすれば
死んでからも楽しいんじゃないかって、なんて考えたりして。
 老人力の極大は、死んじゃうことだから。
 老人力を100%発揮したときは、この世のことはすべて忘れてしまうということ。

 自意識っていうのは、ないと困るけれども、自意識過剰の空回りは健康によくない。
 歳をとると鈍ってきて、オレってまたこんなことやってるぞ、みたいに自分を客観的に見る余裕が出てくる。
 どこかで人間チョボチョボ、みたいに思っているんじゃないかな。
 そのところはたぶん誰でも一度は通るんじゃないかな。
 「ちょぼちょぼ」についても分かってくると、自分の限界が分かってくる。
 面白いことに、限界がわかってからの方が、かえって自分のやりたいことができるようになったりする。
 中年のころは、あれもできる、これもできるはずだって思っている。
 ところが、現実は厳しい上に、周りを見渡せば、自分よりすごいことを、どんどんやっているやつがいる。
 ああ、オレはこの程度のものだったんだって、がっかりする’時期がある。
 自分が万能だと思っているうちは、足が地につかない。
 それが自分の「ちょぼちょぼ」を知って、逆に無駄な力が抜ける。
 限られた部分に集中力が発揮できるようになる。
 その細かいところから逆に、面白さがどんどん広がっていく。

 若い人たちは情報社会にひたってるんですね。
 
情報社会って、みんなケチがなるんです。 
 情報を全部抱き抱え込もうとするから、捨てられなくなる。
 僕ももともとはケチなんだけど、老人力って、捨てていく気持ちよさを気づかせてくれる。
 ボンボン忘れていくことのおもしろさ。
 情報的にスリムになると、自分が見えてきて、もとのもとの自分がムキダシになってくる。
 情報で身の回りをかためていると、情報が自分を支えてくれる代わりに、生(なま)じゃなくなってくる。
 自分が何だか、干からびてくんですね。
 だから、いまの人たちって、コツコツ情報をためこんで、けっこう苦しそうだったりするんです。
 使い捨て文化とは違う意味で、情報はガンガン捨てていったほうがいいんです。
 情報は、ドブに捨てる、宵越しの情報はもたねえ、みたいな江戸っ子老人力。
 これいいねえ、
江戸っ子老人力って。
 
テレビなんて、情報のゴミ箱ですよ。
 ゴミの中にも、たまに掘り出し物はありますが。
 
 昔は品格とか志みたいなものが尊ばれたから、計算で動くなんて軽蔑されることだった。
 それがいまはなんでも「
プラス志向」だ。
 計算ずくでも何でも勝てばいい、みたいになっている。
 計算だけが生きて、人が死んでしまったら、元も子もない。
 自分の人生を楽しめるかどうか、だからね。
 計算で果たして気分豊かに生きられるのかなって。

 気品は捨てる潔さから生まれるんだと思います。
 人間も同じで、お金持ちでカッコいい人はお金を超えている。
 貧乏人でも気品ある人は貧乏を超えていますもん。
 気品も老人力も同じです。







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:地球のボス、アメリカには老人力はない


● 1999/02[1998/09]



 お茶の世界で、「侘び」とか「寂び」とかいう言葉がある。
 作りたての新品ツルピカではなく、長年使われて、少し壊れたところが補修されたり、少し汚れがついたり、染みが広がったりして、えもいえぬ味わいが生まれる。
 日本的な美の感覚というか、美意識というか、あれは実は老人力だと気づいて、なんーだと思った。
 物体に味わいをもたらす力というのは、
物体の老人力なのである。
 とすると、老人力というのは
日本文化そのものだ。

 老人力のはじまりは70年代の温泉ブームあたりからで、その後に骨董ブームとか競馬ブームとかになり、そのリーダーであるギャル層にしみ込み、「
おじん趣味」と命名された。
 世に言う「
おじんギャル」である。
 これが世間一般の体内に深く発した老人力の、まだその名も持たぬ受胎告知であったのだろう。
 おおよそ6,7年前にということになるのか。
 世間一般のギャルが老人力を受胎したのである。

  老人力のはじまりは70年代の温泉ブームあたりからからかと思ったが、とんでもない、実は桃山時代まで遡るのだ。
 人間の
ボケ味とも言われる老人力は、古来営々と日本文化の底流として流れ続けていたのである。
 老人力というのは人間に広がるだけでなく、物体にも作用する。
 長年愛用しているシャープペン。
 指の当たるところがだんだん艶アリになってきて、ルーペでのぞくと極細のひっかき線のザラ目で艶消しのところが、長年の指の辺りで擦り減り、このザラ目が消えかけているのだ。
 物体にも老人力がついてくるのだ。
 マイナスの力が作用し、それが独特の味わいになってきている。
 老人力は「
味わいを生む力」だということ。
 だが、古くなってダメになれば、それはみな老人力、というわけではない。
 
古さゆえの快さ、人間でいうとボケ味、つまりダメだけど、ダメで終わらない味わい、というのが出るところが老人力だ。

 このところは、アメリカ人には絶対にわからないだろう。
 アメリカは
老人力理解不能の国である。
 若さとパワーだけを頼りの全員ライフルを片手に、ひたすら前のめりの一つ覚えでやってきた国だ。
 いきなり
 「老人力」
 といわれても、え?、といって、キョトンとした顔しかできず、とりあえずライフルをぶっ放すくらいだろう。
 日本も成金趣味というのはそういう風で、ちょっとでも古くなるとすぐ嫌う。
 古くなって擦り減ったのは
即、貧乏と考える。
 古いのを貧乏と考える点で、非常にアメリカ文化だ。
 特に戦後の特徴。
 正しくは、明治以降か。

 
貧乏問題は一度考え直す必要がある。
 貧乏はたしかにダメだけど、ダメな一方で味わいがある。
 ということを主張するのは難しい。
 みんな貧乏はキライで、金に目が眩むから。
 「清貧」ということなら、アメリカ人も一応分かる。
 だいたいの宗教は清貧はいいものだと教えている。
 アメリカ人だって、物欲の後ろめたさが少しはあるだろうから、宗教から言われたら少しは耳を傾ける。
 宗教というのは、いわば「あの世の税務署」だ。
 あの世の税務署の出張所の、一種の予定納税みたいなもので、それをしないと地獄へいくから、アメリカ人といえども無視しにくい。
 宗教に言われるから「「清貧」までは理解する。
 でも、「侘び寂び」はムリだ。

 アメリカ人は老人力はないけど、屈託がないし、やはりモノを持っているから人気絶大だ。
 ぼくらの子どものころは、金に目が眩むというけど、モノに目が眩んで、ころっとアメリカバンザイになってしまった。
 だが、いま地球のボスとなっているアメリカには老人力はない。
 そのことに、自分に老人力がついてきて、やっと気がついた。
 物体に老人力がついてくる。
 茶碗や皿に老人力がついてくると、骨董と呼ばれはじめる。
 アメリカにも骨董屋はあるのだろうか。
 あることはあるが、それはみなネウチもののような気がする。
 金で解決する、例えばトラの敷皮、象牙の何とか----。
 ネウチ以外に面白みのないもの。
 アメリカの骨董屋にはそれ的なものばかり並んでいるように思うが。

 侘びた茶碗にしろ、侘びたペンにしろ、それはアメリカ人にいわせるとダメな茶碗、ダメなペンだ。
 すぐにそれを捨ててしまうアメリカ人がいて、それをすぐ真似したがる日本人がいる。
 いや、いてもいいんだけど、捨ててどうなる。
 でもどの道、終末は近いのだ。
 』






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:テキトーにして、反努力の力


● 1999/02[1998/09]



 重要なことは「テキトー」である。
 テキトーであることが、ぼくらを根村してくれて、物忘れを実現してくれる。
 では、そのテキトーとはなんなのか。
 どう定義すればいいのか。
 これが難しい。
 
定義するとは、テキトーを排除することである。
 だから、テキトーを定義するとなると、テキトーがなくなってしまう。
 困りましたね。
 でも定義しよう。
 テキトーとは「
反努力」のことだ。
 眠る、忘れるということは反努力の力である。
 そういう努力しない力というのが、この世のどこかにあるはずなのだ。
 この反努力という力というのが、老人力の実体ではないのか。

 昔は学校に行かずに働く子を可哀想だといった。
 いまはむしろ働けずに学校に行っている子が可哀想。
 昔は可哀想だった売春が、いまやそれ自体がファッションになっている。
 この時代に、一元的な努力のとどく範囲は知れている。
 反努力を現実の問題として考えないといけないんじゃないだろうか。

 いまの世の中は
自力思想というか、自主独立というか、個人の自由というか、とにかく「」というものが正義のシンボルになっている。
 独自の考えで、自由な発想で、ということをすぐに言われる。
 自分がちゃんとある人は、それでもいい。
 でも大方は自分が大してない人であり、そんな人が「自由」な発想でやると、単にめちゃくちゃになるだけである。
 人間の頭というのは、いったん「主義」に頼ると、その主義以外は判断停止の状態に陥ってしまう。
 おしなべて、自分なんてちゃんとしていない人が世の中には多い。
 それがほとんどだ、といっていい。
 本当は、「他」にまかせないといけない、ことが多くあるんだけど、それを逆にこの世の中の自由主義というものが許さない。
 というわけで世の中、とんどん自由主義のパワーで硬直化していってしまう。
 
 老人力の場合はあくまで微弱な現象である。
 まあ、老人力というのはその程度のものである。
 
複雑系というこのところ脚光を浴びてかけている学問がある。
 そこで東大の先生のところに取材にいったが、チョットしたこと、取るに足りないこと、を問題にしていた。
 もっとも何でも、新しい物や新しい考えというのは、ちょっとした取るに足らないことからはじまる。
 ふとした考え、ふとした出合い、取るに足りない冗談から、大発見大発明が生まれたりする。
 これは人間の
頭のクセにかかわることで、
 「
人間の頭というのは、いつも最上の一つの考えにたどりつこう
 としている。
 だからいつも撮るに足らぬ考えが、下の方には無数に堆積しているのだ。
 最上の考えが崩れさえすれば、その先にいくらでもフッとした考え、フッとした出合いが待ち構えている、はずなのだ。
 世の中にはわからないことが、たくさんあるのである。







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:小さな楽しみを繋ぎ繋ぎしないと生きていけない


● 1999/02[1998/09]



 思想が偉い。
 感覚よりも頭の方が偉いと思っていた。
 これは若い頃の特徴ということもあるけど、時代の特徴でもある。
 どのころかというと、ソ連崩壊以前の時代。
 革命信仰とか、共産主義信仰の生きていた時代。
 思想信仰が強くあった時代。
 思想の信仰、当時はそれが世の中に強くあった。
 それともう一つ、科学が信じられていた時代ということもある。
 ソ連の人工衛星が飛び、初の宇宙飛行士ガガーリンが飛び、初の女性宇宙飛行士が「ヤーチャイカ」とメッセージを送ってきた。
 その頃が、思想信仰と科学信仰の頂点だった。

 その後はアメリカが意地で頑張って、共産主義は資本主義に抜かれた。
 その辺からちょっと思想信仰の力が衰えはじめた。
 でも科学信仰の方はアメリカが引き継いで、月面までもっていったのである。
 でもこの信仰も、頂点はそこまでだった。
 科学信仰の崩壊を悟らざるを得ないのは、オゾンホールの出現であろう。
 科学のもたらす力が地球を実際的に破壊する現象を見て、科学信仰は崩れはじめた。
 科学はもちろん必要である。
 ただ、その信仰が危ないのだ。

 歳をとると趣味が出てくる。
 趣味に向かうようになる、というのは一般的にそうだろう。
 現役引退という物理的条件もあるし、もう一つ、その人の内部的問題も大きい。
 何といっても若いものの思想信仰が挫折し、挫折ということに関しては思想に限らず他にもいくつも散見することになり、「挫折」は何も特殊なことではなく世の常なんだ、ということを知るようになる。
 「
挫折の効用」とは何か。
 それは「力
の限界」が分かってくることである。
 若いときは何でもできると思ってしまうけど、挫折をめぐって自分の限界が見えてくる。
 世の中での
可能性の限界も見えてきてしまう。
 でも自分は生きている。
 何かやらないと生きていけない。
 お金を稼ぐこともそうだけれど、生きる楽しみでもそうだ。

 小さな楽しみを繋ぎ繋ぎしないと生きていけないもんだ。
 自分の力の限界が見えた後になって、そういう
小さな楽しみが、にわかに切実に感じられてくる。
 それまで思想とか理想とかに君臨されて、趣味なんてそんな小さなものなど、とむしろ軽蔑的に見ていたものが、抑えるフタがなくなると目の前に突然アップされ、細密にアリアリと見えてくる。

 歳をとると、どうしても人生が見えてきてしまう。
 つまり、有限の先が見えてくる。
 その有限世界をどう過ごすか、という問題が出てきてしまう。
 若いころは人生の先がまだ遠く、有限性がわかりにくい。
 だから自分の人生への切実さが少なく、思想の世界のために自分の人生を寄付できると考えてしまう。
 歳をとると、やけに
自分というものが濃厚になってくる。
 他の誰でもない「自分」の人生という
有限時間が確実なものとして、一本の棒のように認識されてくるのだ。

 いまの時代は、改革はともかくとして、革命信仰を持つことができない。
 科学信仰を持つことができない。
 ために、時代そのものにも有限の先がある、ということが見えてきてしまう。
 そういう時代に生まれているため、いまの若者はすでに基礎控除のようにして、みな一律に「
年の功」なるものを持ってしまっているのだ。
 だから年齢的には若者でありながら、一気に老人世界の趣味に走れる。
 ミーイズムとかマイブームという言葉は、その代表だろう。
 本来なら、現役引退の老人が口にすべき言葉である。
 それが、若年層から湧き上がってくるのだ。








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