2009年12月28日月曜日

ツチヤの貧格:500回に思う:土屋賢二

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● 2008/12



 本連載が500回を迎えた。
 週一回、かかさず500回続けたことといえば、連載のほかには、毎週日曜日を迎えたことぐらいしかない。

 最初、連載の話をいただいたとき、わたしは賢明にも、書けることは数回で尽きるだろうと予想し、お断りした。
 だが、
 「書くことがなくなって初めて真価が出る」 
 と言われて、真価が出ては困ると思いながら、愚かにも引き受けたのだ。
 わたしの場合、500回続けるのは人一倍困難だった。

 こうみえても、わたしは
  忍耐力がない、
  根性がない、
  無責任だ
 と言われ続けてきた男だ。
 これだけのハンデを背負いながら500回続けるのは、快速電車に乗って千駄ヶ谷で降りるぐらい難しいのだ。
 わたしをいい加減な男だと非難している連中は、この数字をかみしめてもらいたい(連載内容はかみしめないでもらいたい)。

 さらに、わたしには弱点が相当あり、わたしの文章を読んでも分からないかもしれないが、弱点の中には文章力も含まれる。
 文章力がない者が書くのだから、サルが「キラキラ星」を歌うようなものだ。
 一回分書くのも人一倍困難なのだ。
 それを500回続けるのは、わたしの場合、快速電車に乗って水道橋で降りるぐらい難しいのだ。

 しかもそれまで論文か論文調のエッセイしか書いたことがなかったのだ。
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 わたしには1回1ページのコラムは未知の分野だった。
 当時50歳を過ぎていたわたしには、これは困難な挑戦だった。
 それでも連載を引き受けたのは、その困難さに気づかなかったからだ。
 (人間が困難なことに挑戦するのは、たいてい事情を知らないからで、わたしに予知能力があったら、執筆も結婚もしなかっただろう)。
 
 うまく書けないのは論文調でないからだと、わたしはずっとそう思っていた。
 だが、わたしは論文を書くのも苦手だということを、つい最近気がついた。
 どっちみち、困難は避けられなかったのだ。

 その上、わたしは変化に乏しい生活を送っている。
   旅行に行くこともなく、
   一日警察署長を務めたりすることもなければ、
   臨死体験をするわけでもなく、
   宇宙人と遭遇するわけでもない。
   行動範囲は狭く、
   刑務所に入っているのと大差ない、
 だから書く材料が乏しい。

 もちろん変化のない生活でも、問題は次々起こる。
 だが、何が起こっても、書けることと書けないことがある。
 書くと被害が及びそうなことは書けないし(妻のことは、遠慮なく書いているように思われるかもしれないが、本当に言いたいことは書けていないのだ)、
 表現力がなくてかけないこともあれば(チャルメラの音やギョーザの匂いの描写など)、
 想像力がなくて書けないこともあり(ミドリガメになった気持ち)、
 知識がなくて書けないこともある(タンザニアの法大系など)。
 人の悪口を書きたくても、相手に落ち度が一つもなかったりするのだ。

 これだけの障碍を考えれば、500回続いたのは新幹線に乗って田町で降りるのに等しいと思う。
 』






【忘れぬように、書きとめて:: 2009目次】



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